前回の『日本の色』に続く形になりますが、最近ある仕事の関係で一冊の本を読み、感銘を受けたので紹介します。
『日本の曖昧力~融合する文化が世界を動かす』著:呉 善花(お・そんふぁ)
著者は韓国・済州島生まれで83年に日本に留学し、現在は拓殖大学で国際学部の教授を務めているそうです。
同じ日本人ですら、日本人の曖昧さを『主体性がない、自己主張しない』などはっきりしないことを欠点だととらえていることが多く、『どっちでもいい』『後で確認します』『○○がそう言ったので』など日本人ならば誰でも言ってしまいがちの台詞ですが、何故日本人は曖昧なのか?そのルーツがこの本で理解出来ました。
外国人だからこそ分かることなのか、自分を含め日本人は否定的だった曖昧力について、この本からの引用を含めて紹介します。

もともと四季がある小さな島国日本の人々は、海も山も身近にあり、変化に富んだ豊かな地形と四季折々の風景、湿気の多い気候であるために常に霞がかってとけ合う景色に囲まれ、日々変化する環境と共に生きてきた。
自然そのものや木や土地などに命が宿ると考えているのも日本人独特の感性だそうだ。
私たちが当たり前のように自然と人間は一体であると考えていることが、以外にも世界では少数派なのだそうだ。
都会の真ん中にある明治神宮。生命力にあふれる森に囲まれている。

無宗教だと言われる日本人でも神様が宿る場所では手を清めるし、お参りなどは文化として根付いている。


長い間自然と共に生きてきた日本人は、季節感を大切にして、モノには命が宿ると考え、人工的に完成されたモノよりも、微妙なゆがみや自然に馴染む濁った色などを好む。
信楽焼などの焼き物に見られる素朴で暖かみのある表現などは日本人ならではの美意識から来るものなのだ。
『もののあわれ』『わび・さび』のように例えば落ち葉、つぼみの花など命のはかなさやか弱さを表す言葉からも日本人の美意識が強く表れているという。
日本の職人の間では『自然技法』という感覚があって、鉄も土も漆も生き物である、という考えられている。
自然の声を聞き、鉄や土や漆の声を聞くことで一人前の職人になれるという感覚は、日本人特有のものだろう。


四十八茶百鼠というように同じ茶や鼠でも繊細な色を使い分け、こだわり抜いた日本の色彩感覚も繊細で曖昧な感性から生まれたものだ。
しかし面白いのが、実はこんな個性的なカルチャーも発展しており、まさに様々な文化が共存しているところ。

自然と共に生きてきた日本人は、実は環境適応能力が高く、様々な環境にすぐ馴染む事が出来る。
通常どんな環境でも自己を貫くのが世界的に考えられる『自己』だとしたら、日本人は『燃えさかる炎に応じてはそれにふさわしい自己になり、静かな清流に応じてはそれにふさわしい自己となる。そんな風に環境の変化に応じて優れていきられる自己を、その都度作っていこうとする動きが,日本人には習い性になっていると感じる』(日本の曖昧力より)最先端の高度技術、ファッション先進国、美の大国などさまざまな日本の強みは、実は欠点だと思われていた『曖昧さ』から生まれたものかもしれない。
日本の文化・感性・強みについて改めて考えさせられるきっかけとなった。

-
- TOKYO DESIGNERS WEEK 2011
2011.11.10 - CMF DESIGN LINK エキシビション
2011.11.05 - シンプルに生きること
2011.09.28 - ノスタルジック・デジタル(フォルム編)
2011.08.25 - ノスタルジック・デジタル (カラー編)
2011.08.05 - タイの色彩
2011.07.23 - 日本の曖昧力
2011.07.16
- TOKYO DESIGNERS WEEK 2011


